羊を巡る冒険・羊の匂い?臭い?の正体

世界的に見ると一般的な食肉である羊肉だが、日本では世代や育った環境により好き嫌いがはっきり分かれている。そしてその好き嫌いの原因の大半は「羊独特のにおい」に原因がある。ある世代は羊肉の特性を知らない人が料理した場合や、初めて食べた羊肉が食肉用専用品種ではなく、羊毛用の品種が廃用された食肉(概して高齢のためにおいが強い)だったことが嫌いになる主な原因として考えられる。また、羊の香り自体が苦手な人も日本だとなかなか多い。

そもそも羊の特徴的な匂いは、モンゴルなどユーラシア大陸の国々では、良い草の匂い」と言われる。そのため、草の香りのしないラム※1は好まれない。一部の地域で夏の初めの羊肉が喜ばれるのは、春にのびる牧草を食べ、その香りがするからとのことだ。通常、植物には光合成に関係する「葉緑素(クロロフィル)」が多く含まれ、それが反芻(はんすう)動物の体の中で「フィトール」という物質に変化して、結果的ににおいのもとになると考えられている。あの香りは草の匂いなのだ。ただし、これは反芻する草食動物に共通のものであって羊特有のものではない 。

羊のあの独特の匂いは脂肪に集中している。

香りが強く出る脂肪分をトリミング(削り取る)することでにおいを抑えたり、逆に脂肪分の多い部位を選んだりすることで、羊肉そのものの香りを楽しむことができる(個人的にはスペアリブが大好きだ)。また、脂肪部分に切れ目を入れることで、香りの調整ができる。

羊肉には、他の食肉と比べると酸化しやすい不飽和脂肪酸が多く含まれているので、酸化臭が強い「臭い」の原因となることがある。 酸化をいかに食い止める保存の方法をとるかによっても、羊のにおいは左右される。羊肉はきちんと保存し調理されていれば、「臭い」はでない。つまり、処理の仕方次第で羊肉の「匂い」にもなるし、「臭い」にもなるのだ。これは、羊自体の問題というより、扱う人間や流通の問題だ。

チルドで輸入されたラムでも、保存期限が近づくと臭いが出てくると言うぐらい羊肉は繊細な食材である。羊をこれだけ食べている私にとって、保存状態の悪い肉を出す店が今もまだ存在しているのは悲しいことだ。そのような羊肉を食べた人は、おそらく今後羊肉を避ける様になってしまう。現在は輸送技術も発達し、羊肉の調理の知識も普及しつつある。羊嫌いの方は是非もう一度チャレンジしていただきたい。

※1 通常、永久歯が生えてない羊を「ラム」、永久歯が1本生えると「ホゲット」、永久歯が2本以上(但し、オスは去勢された羊のみ)で「マトン」となる。

【コラム】日本で消費されている羊肉の99%は輸入品。

日本で消費されている羊肉の99%がオーストラリア産とニュージーランド産、残り1%はアイスランド産と国産である。国別で言うとオーストラリアが7割を占める一方、アイスランドは数十トンレベルでしか日本に輸入されていない。ちなみに以前より羊肉は関税がゼロなので、話題のTTPとも全く関係がない。個人的には国産羊肉の生産も増えてほしいが、この輸入産が優勢の状況はおそらくしばらくは変わらない。オセアニア諸国にとって、畜産物の輸出は国の主要産業だ。そのため商品チェックや衛生に関する検査は非常に厳しく、品質も高い。偏った国産信仰にとらわれず、羊肉とどう付き合っていくかが大切なことだ。

羊肉が背負う十字架。「臭い・安い・硬い」

 いまだに羊肉には「臭い・安い・硬い」と言うイメージが付きまとう。それは何故か?今私たちが食べている羊肉はこんなに美味しく、ものによっては牛肉などより癖がないのにかかわらず、である。理由はいろいろとあるようだが、明確な答えを提示している場合は非常に少ない。ここでは、私の知見を基にいくつか答えを出してみたい。

1、食肉は先ず考えていなかった羊飼育神代時代

前述の通り、当初、羊の大規模飼育の目的は「毛を取り、衣類にする」ことが目的だった、「綿羊百万頭計画」も羊毛の生産増が目的だった。しかし、その時の日本は貧しく、蛋白源が慢性的に不足していた。そこで、羊毛が取れなくなった老廃羊を食用にすることとしたのだ。ただし、肉用に育てたわけでもない高齢の「超マトン」の肉は、肉食の歴史が薄い当時の日本人からしたら独特の「臭い」がする肉だったことが想像できる。薄く切り、タレにつけるなど、味をつけて食べやすくする試みは、この臭いを消すための策だったのである。この肉は安価だったこともあり、加工用に回される事もあり、「羊肉=臭い、硬い、安い」というイメージがついてしまったのだ。

2、繰り返されるジンギスカンブームの功罪

その後、北海道でジンギスカンが広まった昭和40年代、全国で北海道旅行ブームが巻き起こる。その時、観光客向けの安いジンギスカンを食べた人の間で(羊肉=美味しくない)と言うイメージがつく場合があった。これは、本当に不幸な出会いである。余談ながら、このようなことは実はまだある。羊をあまり食べない地域で「何故羊があまり好きではないのか?」と聞いた時「子供の頃○○(有名な観光地、その地域の人はここに行事などで必ずいき、羊を食べた経験がある)で食べた羊肉が美味しくなかったから」と結構多くの人から言われた事がある。いまだにこのような羊肉の誤解を生んでいる施設が最近まであったのは嘆かわしい。

また、首都圏で起こったブームでの、美味しいこだわりの店の影で、「流行っているから」と言う理由だけで、粗悪な羊肉を適当に調理し、提供する事例があった。羊肉は適切に管理しないとすぐに独特の香りが出てしまうので、これも羊肉に「臭い」と言うイメージを植えつける一因なった、それゆえ、協会は「ブーム」をあまり歓迎せず、消費者主導の底上げ式のブームを歓迎する。

閑話休題、これまでの話で羊が背負う十字架は下記の点となる。

・昔、食用に適さない羊肉を食べていた。
・保存状況などが今より悪かった。
・適切な処理方法を知らない人が調理する場合があった。

このような十字架はいまや過去の話。そろそろ、羊たちが背負い続けた「安い・臭い・硬い」と言う十字架を取る日が来たのではないだろうか。

3、羊肉新時代へ

羊肉は世界各地では最上位のご馳走肉として扱われる。王室主催の晩餐会のメインにも羊が登場することが多いのも事実だ。しかし、日本でだけ「臭い」などのレッテルを貼り続けられている。しかし考えてみてほしい。先の記述の通り羊肉=臭いというのはもう過去の話であり、現在、状況は大きく異なる。今、国内で流通している肉の99%は肉用種のものであり、進化した輸送技術のもと輸入されている。まだごく一部であるが、国産羊も育てられており、これらは牛肉を上回る高級品だ。さらに、羊肉の扱いに慣れた料理人も爆発的にふえ、今では「臭くて安くて硬い」羊に出会うこと自体、困難になっている。

今も羊肉が苦手、と感じている人の多くは過去のイメージを引きずっているのではないだろうか。最近、羊肉を食べていないという人は是非もう一度、挑戦してほしい。

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