「いま、羊肉は第三次ブームですよね?」
ここ数年、取材や対談で本当によく聞かれる言葉です。
実はこの“◯次ブーム”という整理は、学術的な分類ではありません。編集的な会話の中で、時代ごとの波を説明するために使い始めたものです。(もしかしたら私が言い出しっぺかもしれない)
しかし振り返ってみると、日本における羊肉は確かに“波”を繰り返してきました。
そこで改めて整理してみたいと思います。
なお、ここでは「羊肉ブーム」と「ジンギスカンブーム」を分けていません。日本では長く「羊料理=ジンギスカン」という関係にあったため、羊肉を食べる文化の波として一体で扱います。
メディアさん10年間前後を調べず「今羊ブームですよね!」と聞かれることが多いの10年続くのはブームじゃないだろう・・・という意図も込めてまとめています。また、まとめている私は専門家じゃないです。色々な人の話や書籍などの知識をまとめた物で専門解説ではないところをご理解ください。一般の人にゆるく流れを知ってもらうためにまとめているので。
第ゼロ次ブーム
明治末〜昭和10年代
国主導による綿羊飼育推奨期
日本で羊が本格的に飼育され始めた背景は「羊毛」です。
軍需のため、羊毛を国内生産する必要がありました。
当時、日本は羊毛を輸入に頼っていました。もし輸入が止まれば軍服が作れない。第一次世界大戦では実際にそのような事態も起こります。
そこで国家が動きます。 綿羊百万頭計画などが進められ、羊の増産が推奨されました。
この時期、羊肉はあくまで副産物でした。しかし「せっかくなら肉も消費しよう」という動きが起こり、日本人に羊肉を食べさせようとするPRが行われます。国主催で羊肉を食べる会が開催されるなど、いわば“官製ブーム”のような動きが見られました。
ただしこれは、消費者から自然発生したものではありません。 国家主導の試みであり、広範な定着には至らないまま戦争へと突入していきます。
第一次ブーム
昭和30年代
北海道からジンギスカン認知拡大
昭和37年、羊肉の輸入自由化が始まります。 安価な冷凍羊肉が大量に日本へ入ってきました。
当時、北海道には検疫所があり、もともと羊を食べる習慣もあったため、羊肉は主に北海道へ流通しました。畜肉の中で羊肉が最も安価だった時代でもあります。
この頃、昭和31年開業のマツオ(旧松尾羊肉)による味付けジンギスカンの開発とチェーン展開、ベル食品の「成吉思汗のたれ」の発売などが、北海道におけるジンギスカン文化を後押しします。
そして昭和41年、サッポロビール園がオープン。
生ビール飲み放題・ジンギスカン食べ放題1000円という価格は、当時の食肉価格水準から考えて衝撃的でした。
同時期は空前の北海道観光ブーム。
多くの日本人が北海道でジンギスカンを食べ、「北海道名物=ジンギスカン」という認知が全国へ広がりました。
ここで重要なのは、これは爆発的流行というよりも「認知の拡大」だったという点です。
ブームというより、ジンギスカンという料理名が全国区になった段階でした。
第二次ブーム
2004〜2007年
企業主導ジンギスカンブーム
2004年前後、BSE(狂牛病)問題が発生します。
牛肉輸入が止まり、全国の焼肉店は代替肉を探す必要に迫られました。
七輪や焼き台はある。しかし牛肉がない。
そこで注目されたのがジンギスカンです。
焼肉とほぼ同じオペレーションで提供できる。
全国の焼肉店が次々とジンギスカン店へ看板を変更し、多くの企業が参入しました。メディアでも連日取り上げられ、「ジンギスカンブーム」として急速に広がります。
この時期の特徴は、明確な業界主導であったことです。
羊肉そのものよりも「ジンギスカン」という料理名が前面に出ました。
しかし牛肉輸入が再開されると、羊肉を推す理由がなくなり、ブームは急速に沈静化します。多くの店舗が閉店しました。
一方で、
- ジンギスカンという言葉が全国に浸透
- Lカルニチンなど健康イメージの付与
- 女性層への拡張
- 一定数の専門店が定着
といった成果も残しました。
粗製乱造もあり、羊嫌いを増やした側面も否定できませんが、ジンギスカンがマイナー料理から“聞いたことがある料理”へと変わったのはこの時期です。
第三次ブーム
平成末〜令和
消費者主導の底上げ型ブーム
2014年頃から流れが顕在化し、2020年初頭まで加速。 コロナ禍で一時停滞するかと思われましたが、専門店はむしろ増加傾向を見せました。
今回の最大の特徴は、企業主導ではないことです。
羊肉業界に大規模な広告戦略を打つ巨大企業は存在しません。
「企業→広告代理店→メディア→消費者」という従来型のブーム構造が見られません。
むしろ、
消費者が羊肉を食べる
→ 店が増える
→ メディアが取り上げる
→ 企業が反応する
→ スーパーが拡大する
→ 輸入国が動く
→ さらに消費者が増える
という循環が同時多発的に起きました。
背景には、
- ジビエ・熟成肉など赤身志向の拡大
- グローバル化による各国料理の浸透
- チルドラムの普及
- 輸入国の増加(フランス、アメリカ、ウェールズ、アルゼンチンなど)
- スーパーでの常設化
- 羊に慣れたシェフの増加
- 「臭い・硬い・安い」というイメージを持たない世代の成人化
などが挙げられます。
ここで起きたのは、料理ブームではなく「素材ブーム」でした。
これは日本の食文化史でも珍しい現象です。
その後コロナ明けより、大手チェーンのジンギスカン業態への参加加速。焼肉と差別化としてのジンギスカン、北海道の名店の関東上陸など目立つ動きが増えてきました。しかし、世界的な羊肉不足などによる羊の価格の高騰により、流れはやや鈍化しています。
そして、ブームのその先へ
現在の羊肉は、ブームから固定化へ移行している段階だと感じています。
ブームは一過性です。
しかし今回の流れは、家庭へ入り込み始めています。
- 羊レシピ本の出版
- 首都圏スーパーでの常設販売
- 雑誌での特集増加
- サイゼリヤのラム串ヒット
- 大手飲食グループの参入
特に、低価格チェーンで羊肉が爆発的人気となったことは象徴的でした。
これは一部の愛好家ではなく、一般消費者が羊肉を選択した証です。
羊は、特別な肉から「選択肢の一つ」へと変わり始めています。
繰り返しながら定着する
日本の羊肉は、
国家の都合
国際情勢
企業の思惑
に振り回され続けてきました。
しかし今、初めて消費者の側から広がっています。
爆発的に伸びることはないかもしれません。
けれど確実に、静かに、日常へ浸透しています。
ブームを繰り返しながら、
羊肉はようやく日本に根を下ろし始めている気がします。
次のブームは来るのか?
では次のブームは来るのでしょうか。メディアは盛んにブームブームと言ってますがこちらは独自に考えたいと思います。
結論から言えば、 「爆発的なブーム」は起きにくいが、
“波”は必ず起きる、と考えています。
なぜなら、羊肉はこれまで常に外部要因で波が生まれてきたからです。
- 戦争(羊毛需要)
- 輸入自由化
- BSE問題
- グローバル化
- 健康志向
つまり、羊肉は単独で流行るというより、社会の変化に連動して波が起きる食材なのです。
起きるとすれば、どんな形か?
もし次の波が来るとすれば、いくつかの可能性があります。
① サステナブル文脈での再評価
環境負荷、放牧、アニマルウェルフェアなどの議論が進む中で、
「持続可能な畜産」という文脈で羊が再評価される可能性があります。
とくに国産羊がストーリーとともに語られる流れが強まれば、
小規模でも質の高い波が起きるでしょう。
② 国産羊のブランド化
現在、日本の羊肉の約99%は輸入肉です。
しかし国内でも小規模ながら羊飼育は続いています。
もし「国産羊」が希少価値ではなく、明確なブランド戦略を持って流通し始めれば、
“プレミアム羊肉”という市場が形成される可能性があります。
これは爆発型ではなく、高付加価値型の波です。
③ 家庭料理の完全定着
現在は「外食→家庭へ」という移行段階。
もし家庭での調理が一般化すれば、それはブームではなく文化になります。
羊肉が
- 特別な肉
- 晴れの日の肉
から
- 普段の選択肢
へと変わる。
この変化は静かですが、最も強い変化です。
④ グローバル料理の深化
中東、中央アジア、アフリカなど、
まだ日本に広く浸透していない羊料理は多く存在します。
インバウンドや在留外国人増加とともに、
「羊=ジンギスカン」以外の世界が見えるようになれば、
新しい局地的ブームは十分起こり得ます。
爆発より、成熟へ
ただし、2004年のような急拡大型ブームは起きにくいでしょう。
なぜなら、
- 代替肉としての役割はすでに終わった
- 情報が分散化し、一極集中の流行が起きにくい
- 消費者が賢くなった
からです。次に来るとすれば、“静かな深化”じゃないかな。
専門化、細分化、高付加価値化。
羊はもう、珍しい食材ではなく。 選択肢のひとつです。なのでブームブームと短絡的に煽るのはいかがな物かとも。
ブームではなく、地層になる
個人的には、
今回の第四次は「最後のブーム」かもしれないと感じています。
これ以降はブームではなく、
地層のように積み重なる段階に入る。
たまに波は立つ。
けれど消えない。
それが成熟です。
羊肉はようやく、日本の食文化の中に
「居場所」を得始めています。