羊の家畜化とその起源
羊の家畜化は紀元前1万年頃といわれています。
最終氷期が終わり、気候が温暖化すると草原や森林が後退し、乾燥地帯が広がりました。そうした環境で人類が出会った動物の一つが羊でした。もともと乾燥した土地に適応していた生き物です。
家畜化は紀元前9千年紀半ば、南東アナトリアのタウルス山脈南麓で始まったという説が有力です。遺跡から出土する骨の小型化や幼獣比率の増加などが、その証拠とされています。トルコのネヴァル・チョリ遺跡(紀元前8500年頃)などで発掘例が確認されています。
一般に「家畜化された羊」とは、コルシカ島やイラン、小アジアの山岳地帯に生息していたムフロンなどの原種を家畜化・交配することで誕生したものとされています。
そして、日本に羊が来たのは599年
では、日本に羊が初めて登場するのはいつか。
西暦599年。
『日本書紀』には、「推古七年(西暦599年)の秋9月、百済が駱駝一匹・驢一匹・羊二頭・白い雉一羽をたてまつった」と記されています。
これ以前には遺跡から羊の出土例はなく、『魏志倭人伝』にも「日本に羊はいない」と記されています。したがって、それ以前の日本に羊はいなかったと考えるのが妥当です。
ただし、中国では羊と山羊の記述が明確に区別されていない場合もあり、当時伝来したものが山羊であった可能性も否定できません。実際、比較的近代の民国期においても、羊肉消費量に山羊を含む事例が見られます。現代でも地域によっては山羊が羊として扱われることがあります。
いずれにせよ、羊は貢物として日本に現れましたが、家畜として根づくことはありませんでした。
その理由として、高温多湿な気候が羊の生育に適さなかったこと、仏教文化による肉食忌避などが挙げられます。あるいは、一時的に飼育が試みられたものの、定着しなかった可能性もあります。
平安時代までの日本にとって、羊は主に上位者への献上品的な存在であり、庶民が目にする機会はほとんどなかったと考えられます。
羊を知らなかった日本人
明治以前の日本人にとって、羊は「いないけれど知っている」家畜でした。
日本に羊はいませんでしたが、干支に含まれていたため、存在自体は広く知られていました。中国の物語などにも登場するため、概念としては共有されていた動物です。
しかし、実物を見た経験がない。
中国の文献に「ヤギに似ている」と書かれていたため、日本で羊を描く場合、山羊の姿で描かれることが多くなります。
室町時代の『十二類絵巻』に描かれた羊は、どう見ても山羊です。
安土桃山時代の南蛮屏風でも、象や虎に交じって描かれた羊は山羊のように見えます。
江戸時代に入っても状況は変わりません。
『和漢三才図会』には「羊は中国より来たが家畜にはならなかった」と記されていますが、挿絵はやはり山羊に見えます。この記述自体、日本で羊が飼われていなかった証左とも言えます。
ときおり象やラクダとともに見世物として羊が登場した記録もありますが、明治に入るまで羊は「知っているが姿がはっきりしない動物」という立場を取り続けます。
写真もなく、海外との往来も限定的だった時代。
視覚体験のない動物が、概念だけで存在していたのです。